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刑部課長伝説

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【麗し大和】(1)大和三山(産経新聞)

 これぞ、大和。市街の大海原にぽっかりと聖なる三山が浮かんでいる。こんな眺め、ほかではちょっとお目にかかれない。

 この地には藤原京が築かれたが、後の平城京や平安京、さかのぼってなんと古代朝鮮の都にも相当する山があったそうだ。三山は、神であると同時に当時最先端の都市計画プランでもあった。中大兄皇子(後の天智天皇)にこんな歌がある。

 香具山は畝傍(うねび)ををしと耳梨(成)(みみなし)と 相争ひき神代より かくにあるらし古(いにしへ)も 然(しか)にあれこそうつせみも 妻を争ふらしき(万葉集)

 恋争いを山に見立て、実はずっと、額田王(ぬかたのおおきみ)をめぐる天智と弟・天武天皇との三角関係の歌だと思っていた。

 「美しき誤解です。ゆえなきことではありませんが」と上野誠・奈良大教授。額田王といえば、万葉集きってのマドンナ。歌の才に優れていただけでなく、天武の子を産み、後に天智に仕えたという麗人だ。誤解もやむなしだが、天智は三山に残る「妻争い」の伝説を歌ったにすぎず、さらに解釈を進めると、旅の途中で大和を懐かしんだ望郷の歌だという。そう。万葉びとにとって三山は、ふるさと大和の象徴だった。

 藤原京から平城京へ今年で遷都1300年。この地に都が戻ることはついぞなかったが、大切だったのだろう。805年、三山での伐採(ばっさい)を禁じる勅(ちょく)が下る。以来、聖なる山々は姿を変えることなく大和を守り続けている。

 平城遷都1300年を迎えた古都・奈良の自然や寺社、ゆかりの人々の営みを訪ね、美しい写真とともに麗しの大和の魅力を年間を通して伝えます。(山上直子)

 香具山、耳成山は近鉄耳成駅、畝傍山は近鉄畝傍御陵前駅下車

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by dyshvpkjpl | 2010-01-09 13:13
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